人はつながりの中で生きる The インターゼミ in History (28)

先週の土曜日、1月22日(土)、インターゼミ2010年度の最終日だった。
各グループが提出した論文を踏まえ、学長が「来年に残すべき点は何だったのか」「今年、足りないと思ったことは何か」と学生に問いかける。
「自分が何も知らないことがわかった」と答えた学生が多かった。
その後、1Fの喫茶スペース「ミネルバ」で打ち上げ。楽しい会、そして楽しい1年だった。

学生の努力を見ていると、自分の学生時代をついつい思い出してしまった。
私には思い出に残る二人の教師がいる。
一人は、中学時代の国語教師。大村はま先生というのだが、「国語教師の神様」と呼ばれていることは後で知った話で、地元区立中学で授業を受けていた当の自分は「つまらない」と思ったことがしばしばだった。なぜなら、大村先生は「国語教室通信」という手作りの教材を毎回つくりそれを使い授業をする。そして、いまでいうワークショップも頻繁に行い、例えば絵本を渡され、それに物語をつけてくださいと言われたこともある。教科書に書いてあった内容の方が大人向きでおもしろそうと思った当時の私は、心惹かれなかったのだ。あとで知った話だが、この大村先生は「いまの教師は教えていない」という意味のことを書いている。学生の自発性にまかせきりにするのではなく、教師は教師として、その「手引き」をしなさいというのだが、この「手引き」が難しいことを実感したのは私が多摩大で教えるようになったこの3年前からのことだ。
「教えなさい」というのは「自分が知っていることを教員はきちんと教えなさい」という意味ではむろんない。一人ひとりの学生に向き合って、教員も学びながら、生徒・学生が困っているところを察し、最適な支援をしてあげなさい」という意味だと勝手に想像しているのだが、だとすれば、教えることは私自身の考え方・生き方をも試される。「教え」「手引き」の示す意味はたいへんに奥深い。

もう一人は、私が学部の3年生時代に在籍した、日本政治思想史ゼミの坂本多加雄先生だ。とにかく原典を読むことの大事さを教えてくれた先生で、私の年は徳富蘇峰を読まされた。やたらに海外の国名、地名が出てくるのだが、それが全部漢字で書いてあるので、意味を理解するのに相当苦労した。徳富蘇峰というと晩年の国策協力者というイメージが当時は今よりも強くあったのだが、そのような評判に惑わされず、自分の頭で原典にあたり評価しなさいという教育で、今から思うとその後の自分の生き方に大きな影響を受けた。当時の先生の関心は、明治前期の知識人と、彼らの一部がお手本にしたスペンサーが拠って立つスコットランド啓蒙学派の関係にあった。その文脈から、ハイエクの経済思想にまで話が及んだ時は、「古めかしい政治思想が、現代の経済学につながっているのか」と驚いた記憶がある。坂本先生は名著『市場・道徳・秩序』を残し、夭折されたが、いま「原典を読みなさい」という教育が多摩大学生に受け入れてもらえるだろうか?と自分に問うと、これも自信が無い。その点で、今年度、インターゼミのアジアの歴史グループによる原典にあたった論文はよくがんばったと思う。読むことと書くことは表裏一体。一次資料にあたる。その大事さにほんとうに気づくのも、社会人になってからのことだ。

さて、この二人の先生を通して思うのは、実は、学生、つまり私は、先生の教え方を通して「生き方」を見ていたのだな、ということだ。それだけが四半世紀たっても、いまだに私の心に残る。そんなことは、教えられている時にはまったくわからなかったことなのだけど。

この日、学長は、自分の両親、さらにそのまた父母と10代前まで遡ると、1024名が自分の存在に関与していた計算となる。そのつながりを意識しなくてはならないと述べた。同じ事は、両親だけではなく、自分の先生についても当てはまる。人間はつながりの歴史の中で生きている。何歳になって、そのことに気づくのかはわからないけれど。

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