中庭光彦の地域活性化マネジメント研究室

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zoom RSS がっつり多摩学 The インターゼミ in History(10)

<<   作成日時 : 2010/06/27 23:16   >>

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■おもしろい共同研究を成し遂げる方法
今日は多摩学グループだけ多摩キャンパスにて集中講義を行った。
先週、研究企画発表会が終わり、本来なら今週から学生の研究活動が始まる・・・はずなのだが、見たところ、学生は何をどう調べていいのかとまどっているようだった。
ある学生は「多摩川調べるのはわかるっすけど、ただ調べるだけでは説明ですよね」と言う。
その通り!
研究するには「対象と、対象を切り取る視点」の二つが必要だ。しかし、学生はテーマとして新選組とか多摩ニュータウンなど「対象」を選んでいるだけで、どのような「視点」からそれを切り取るかほとんど意識していなかった。
これでは沙漠の中で、どちらの方向に進めばよいのかわからずさまよっているようなもの。
そこで、研究活動に入る前にみっちり研究の進め方について教え、討議した。
13時30分〜18時。

画像


■○○を調べると、△△がわかる
これは地域研究によくある誤解なのだが、ある地域について詳しくなればなるほど、自動的に研究はうまくいく!そう思っている人が多い。でも、そんなことはないのだ。
ということで、私の数年前の研究体験をみんなに話した。それは愛知県岡崎市に工場・店舗を構える老舗八丁味噌店のカクキューを調べた時のこと。社史をいただいたので読んでいると、最後のページに江戸中期から大正期にいたるまでの大豆仕入れ先・仕入れ量がすべて記載されていた。当初、岡崎のカクキューは大豆を主にどこから仕入れていたか?答えは上州。いまの群馬県だ。
他にも、八戸とか仙台とか福岡とか全国から仕入れていたことがわかり、一地場企業の江戸後半の大豆仕入れ舟運ネットワークがわかるのだ。上州からの仕入れ量は、天明年間にガクンと下がる時期がある。おそらく「浅間山の大噴火(1783年、天明3)により産地が打撃をうけたのではないか」と想像できるのだけど、確証はない。
さて、明治になると、国内の地名だけではなく、台湾や大連などといった地名が現れ始め、中国大豆を仕入れるようになり、海外調達範囲が広がっていく。
カクキューの大豆仕入れ先を調べることで、カクキューという岡崎地場企業の舟運ネットワークの変動がわかる。
この因果関係を見つけること、調べた情報に因果関係の構造を与えることが研究だし、だからこそオモシロイ。
だから、研究を始める前に、おおまかに「○○を調べると、△△がわかる」という見通しをもっておかねばならないのだが、△△は地域のことを調べてもでてこないことの方が多い。むしろいろいろな理論を知ることで磨かれる。

こんな話をしながら、多摩学グループのテーマを検討していった。
例えば、新選組。なぜ、新選組は地元の人を惹きつけたのか。社会運動論の視点だ。新選組メンバーの生業や家族関係はどのようなものだったのか。家族論の視点。なぜ新選組は、武士よりも武士らしい軍事組織を組織化できたのか。組織論の視点だ。こんな疑問をぶつけながら、「どの視点からアプローチするのか」「新選組を調べると何がわかるのか」を議論していった。
他にも多摩川、八王子千人同心、多摩の民話、多摩ニュータウン、について同様の議論を行った。

がっつり4時間半。たくさんの本を見せながら議論。
その後飲み会。
誕生日祝ってくれてありがとう。


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